明野小学校にて無駄に熱いミニサッカーに興じる週末

伊勢FCにいる知り合いから
試合が中止になったので一緒に練習をさせて欲しいと連絡があった

当時県リーグ2部に所属していた伊勢FCがくるとのことで
異様に気分が高まった

小学生用のコートでのゲーム
向こうは調整、こちらは無駄にガチになっているという
若者が陥りやすい状況

結果はなんとか引き分けたような、勝ったような気もする

「こんだけやれるならチームとして協会に登録すれば?」

と今にして思えば、凄い社交辞令を真に受けてしまう若者たち(俺だ)

そのタイミングで伊勢に社会人リーグができるという噂を聞き、
その担当をしている中村元昭氏(当時伊勢志摩キッカーズ代表)から

あの何かを企むような笑顔で
「おい、伊勢リーグにおいないさ」という声も掛けてもらい

他のチームメートやスーパーバイザー村澤氏の意見も聞こえないくらい

アツクなってしまい、ついに伊勢リーグに強引に加盟することになる

これが、短期的発展とチーム解消というつまづきに向かってしまうスタートとなる
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by yusuhara | 2016-02-17 12:56 | 思いつくまま | Comments(0)

小俣町営大仏山スポーツセンターができる前から
小俣フットボールクラブはチームとして活動をしていた

Jリーグができるんじゃないかといった1991年
自分が当時所属していた津蹴球クラブの雰囲気が
一部の傲慢な選手のせいであまり楽しいものではなくなったこともあり
チームを退部したことがスタート

高校時代から伊勢志摩キッカーズ(ISK)にはお世話になっていたが
出身母体の高校からの選手が増え、とても入り込む隙間は無かった。

そこで自分たちで、自分たちが楽しめるチームを作るべく
中世古昌彦氏、坂本武司氏(クリーニング屋の若大将 人についてはこの人からの紹介がその後大きく影響する下村昭氏を中心にメンバー集めに奔走する

陸上選手の羽根正樹、久保元気の先輩である湯川健太、平山良、楠氏、大先輩の梅木氏等々の面々を集めそしてムッシュ村澤をアドバイザーにチームはスタートする

陸上選手、スキー選手、バレー選手、登山など様々な競技を経験した選手で発足した

小俣町内学校開放施設団体に初のサッカー競技のチーム登録を行い
そして明野小学校を借りてのチームがスタートする

ちなみに久保元気とは彼が小学校2年くらいからの付き合いなのである
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by yusuhara | 2016-02-17 12:28 | 思いつくまま | Comments(0)

自分の立ち位置を振り返ってみた

サッカーの縁すら無い地域に
大きなグラウンドができる

「よっしゃサッカーゴールを買うてもらおう」



いきなり当時小俣町の教育委員会に行ってみた

倉野さんが見えて、真摯に話を聞いてくださった

「ゴール買うよ、これやろ?」とカタログを見せてくださった。

「いやこれは少年用のゴールです」

「えっ、もっと大きなゴールがあるの?一度カタログあったら見せてぇな」

当然次の機会にカタログを持って行った

アルミ製の大人用ゴール

高いから買わないだろうな

と思ったら、買ってくださった

倉野さん 今考えるとすごい人やった、俺みたいな馬の骨の話を真剣に聞いてくださった

そこから、小俣社会人チームの活動が本格的になった

結局浮気症の僕のせいで、チームはJはおろか、県リーグに行くこともなかった
(自分は個人で伊勢FCで県リーグに復帰したわけだが)

思い出すと、恥ずかしい、愚かな足跡しか残してない

当時の自分は「反省」という言葉を知らなかったようだ
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by yusuhara | 2016-02-16 12:48 | 思いつくまま | Comments(0)