退団後の発言についてのお詫びとその理由について
先日、旧知の知人と会った時に
私が昨年度で退団したことについて、
「檮原は勝手に辞めておいて、「辞めさせられた」と吹聴している」と聞いているので言動を慎むべきと注意を受けました。
注意自体は心から、ありがたく受け止めさせて頂きました。

私の不徳の致すところです。






小俣町スポーツ少年団サッカー部を退団して、早1年が経とうとしています。

しかし「勝手に辞めていった」という伝わり方だけはさすがの私も納得できません。

自分自身も既に前に進んでいるので、当時の思いと事実のみ記しておきます。

2016年11月20日スタッフ会議(私は欠席)で「檮原さんは今年で辞める」といった発言があったと別のスタッフから聞かされました。当時寝耳に水で驚きました。

とはいえ私も創部時代のスタッフがいつまでも残っている事は、これからの団に良くは無いと思っておりましたし、2013年度くらいから団のスタッフ間でギクシャクしだし、舵取りが上手く行かず悩んでおりました。2015年度の夏には仕事上のトラブルも相まっての心労から、神経系の病で入院してしまいました。それからは弱気にもなり、常々辞めると言及を頻繁にしておりました。

更に具体的にチームを離れる事を意識し始め、当時信頼していたスタッフにはその計画の”青写真”を伝えておりました。(その中では具体的な時期について、はっきりとは決めていなかったように記憶しています)

そういった考えもありましたので私の意志を汲み取って頂いたことについては、ある意味ありがたいと思ったこと。それとは逆に退団の時期まで勝手に”一人歩き”してしまっていたことについては少なからず憤りも感じていました。

しかし会議の席で発言されたとなると、常々辞めたいと言っている自分がスタッフに対し「俺はまだ辞めません」と翻しにかかるのは更なる求心力の低下や混乱を引き起こしてしまうであろうという事。また「男の美学的」にも反するであろうと考えました(こんな文章を残す段階で男らしくは無いけど)

それからは夜も眠れずには色々考えました。
21年在籍しその終盤はドン臭いながらも、それなりに苦心して奮闘してきましたという自負があるだけに枕を涙で濡らす事もありましたし(ウソ すぐに寝る)、酒に逃げる日々(ウソ もともと酒好き)も続きました。

もうこうなると半分ノイローゼ気味になり(これは本当)2016年11月20日の会議での話を確認する事も憚られる心境になりました。
結局違和感を感じながらも追認せざるを得ないだろうと思い「今年度で辞めます」と当時信頼していたスタッフに伝えました。

その後、代表や他のスタッフから退団について翻意するような話し合いの要請が全く無かった事もあり、自分の立ち位置がよく理解できました。

結論として

この中の、私の「辞める」という伝達だけを切り取れば「辞めさせられた」のではなく、「勝手に辞めた」という事になります。

くどいようですが、辞めるつもりではありましたが、辞める時期を自分の意志でなく決められたら「辞めさせられた」という受け止め方をせざるを得ません。

そこはご理解頂きたいです。

先日、私に対する事実無根の伝聞について、どこかで反論(事実を伝える事)をしておかないと、私自身今以上に「とんでもない奴」という事になりかねません。
これらの言動の論拠(言い訳)だけは残しておこうと思います。

でも結局悪いのは私自身であり、業務過多からくるコミュニケーションの欠如が原因だったと思います。
当時のスタッフの皆さんには改めてお詫び致します。

また退団時の寄せ書き、退団時の保護者の皆さんからの特別の計らいには今も感謝しております。
またそれまでの団員、保護者の皆さん、サプライズ誕生日ケーキなど良くして頂いたことに感謝しております。
人生の良い想い出をたくさん頂いたことに改めて感謝いたします。


注:念の為に記しておきますが、経理的な不祥事、その他スキャンダルなどとは無縁です。

追伸
それと、"勝手"には辞めてません。
自分自身モヤモヤした辛い気持ちの中、引き継ぎもしましたし、その後のフォロー、今年度審判もしましたので、悪しからず。

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by yusuhara | 2018-03-13 18:31 | サッカー(少年団) | Comments(0)
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