少年団での活動終了
創設以来中抜き期間もありましたが
少年サッカー活動は今期で卒業というか交代します。

「とりあえず」運営を回すことだけに邁進しておりましたので
指導者としてはたいした実績も残せずにおりました。

内容・結果とも今ひとつやったしなあ

古い頭では新しい魅力が見いだせない・・・・

昔からの不文律とかに縛り付けてもいかんのかなとも思った次第です

事務作業的な引き継ぎは次年度そうそうに引き継ぐ予定です。
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# by yusuhara | 2016-11-27 21:53 | サッカー(少年団) | Comments(0)
引き継ぎ
個人的なメモです

■チーム運営関係
 ・会計
  予算、収支、決算
 ・総務
  備品購入、管理
  練習ユニフォーム手配、集金、支払
 ・保険
  スポーツ保険(Web)
 ・グラウンド、会議室確保
  ・通常月(毎月25日締切)総合体育館
  ・優先予約 小俣招待、フェスティバル等(伊勢市役所スポーツ課)
  ・学校開放施設登録(毎年2月)
  ・会議室確保(総会など)、伊勢市役所社会教育課(Webで予約可)
 ・総会
 ・3月臨時総会(保護者会次年度役員決めが主)
 ・4月総会(決算報告、予算報告、方針、部費と保護者会費集金)
 ・新1年生体験(体験会、説明会)
 ・小俣招待
  毎年3月(原則U12で)

■サッカー協会関係
 ・JFA選手登録 毎年2月から周知開始(Web登録、お金は振込、コンビニ決裁など)
 ・伊勢協会登録(メールで申請書、お金は振込)
 ・少年部会議
 ・リーグ戦(U12、U11、U10、U8)、さるめ杯、伊勢招待(毎年2月U11で)
 ・指導者交流会、技術講習会への参加
 ・資格の取得(審判、技術)

■スポーツ少年団
 ・代表決め(理事的役職を出している)
 ・スポーツ少年団登録
 ・スポーツ少年団行事への参加(フェスティバル5月、スポーツテスト6月、もちつき軽スポーツ大会2月)
 ・各種講習会への参加
 ・資格の取得

■HP、ブログ運営
 ・現行のブログ、HPは停止(意地悪ではなく、個人アドレス使用していて、様々に使用している為)
 ・今後のHP管理、ブログの新規立ち上げ
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# by yusuhara | 2016-11-22 09:01 | 思いつくまま | Comments(0)
方向性
ここ数年我がサッカー部の所属部員は120名を超える盛況ぶり
商売だったらこれはありがたい話かと思います。

現在 127名 2016年度

内訳は
1年・・・・15名
2年・・・・26名
3年・・・・20名
4年・・・・28名
5年・・・・21名
6年・・・・17名
実は2名(1年と3年)増える予定

これだけいると選手自身の気持ちや向き合い方も色々
低学年ですと練習中 いなくなっちゃう選手もおります

うちは伊勢市から補助を受けている少年団ですから、
受け入れを拒んだりしてはいけないと思っていますし、
退部者の再入部も受けれております。
去る者追わず(すごく寂しいんだけどね)

普及という点では、日本サッカー協会に対し、及第点だと思います。

あとは育成(サッカーの技術)の部分かと思います。
育成の結果として、公式戦の結果はここ数年振るいません
ま、試合ですから負けることは致し方ないと思います。
そんなことより「サッカー嫌い」させては意味がありません。

選手は一所懸命ですし、保護者の方の応サポートも一生懸命です
スタッフも温度差や若干の方向性の違いはあれ、一生懸命にやっております

最近思うのですが、うちのスタッフはマジメな人が多い
頭でっかちに「指導者」ってな感じより子供たちには
田舎のサッカー好きなおっちゃん、お兄ちゃんというスタンスで子供たちと遊ぶほうが
響くんじゃないかねって思ったりします。

楽しく上手になるために
またサッカーなんて好きじゃないって子をいかにサッカー好きにさせるか
永遠の課題であります。



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# by yusuhara | 2016-09-23 10:42 | サッカー(少年団) | Comments(0)
スタッフとして その2
スタッフとして保護者の方とどういう関係でいるかという話題

うちの団はスポ少になる前から不文律(明文化されていない決まり)がありました。
(今もあるんだろうけど)

①保護者はコーチの直接苦情や指示をしない。
②コーチは保護者に指示をしたりしない。(協力などのお願いはある)
③保護者、コーチは苦情相談は部長、副部長にのみ伝える。

創設当時、私はコーチでありました。
私も若く、保護者の方から、苦情や相談は多々存在していたとは思いますが、団長(現会長)や副団長のガードのもと
何も悩むこと無く、横から他のコーチから刺されることもなくノホホンとやっていたのではないかと思います。

今の若いコーチは大変だな・・・・・

そうそうノホホンとやっていた私ですが
それが良くなかったのか私の担当学年が5年生から6年生に上がる際、大量の退団者を出して凹んだことがあります。
原因は私にあったようです(内容は現在も知らされていませんが・・・・)

それ以降は担当を持たず(持たされず?)、サポートコーチとして様々な学年のコーチ不在のときにお手伝いをしておりました
まあ津市に居を移していたこともあったんでしょうけど・・・・・

小俣に帰ってきたのは12年前、サポートコーチとして緩く復帰していたのですが

まあ部として色々あったので現在までおまとめ役的な立場になりました。
まあそれからは個々に色々ありましたが、まあ週末のサッカー活動だけのことですので、
思った以上に何かあったということもありませんでした。

何のまとまりも無い話でしたね

もし何かあれば連絡を頂ければとは思っております。

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# by yusuhara | 2016-09-16 18:05 | サッカー(少年団) | Comments(0)
スタッフとして その1
小俣町スポーツ少年団サッカー部の理念(平成 27 年 3 月承認)
「サッカーを楽しみ、社会の中で感謝し、自ら考えて行動できる選手の育成」

小俣町スポーツ少年団サッカー部指導指針(平成 27 年 3 月承認)
「サッカーを楽しませ、大好きにさせる!!」
1. フェアプレー(暴力、暴言の徹底排除)
2. リスペクト(地域やサッカーに関わる全てに感謝し、大切にすることを行動に移し、伝える)
3. 指導力(日々、指導力の向上に努力する)

です。

現在部員128名

子供たちのサッカーに対する取り組み方については

①もっと上達したい、試合に勝ちたい
②楽しみたい、友達とサッカーで繋がっていたい
③何か運動したいのでサッカーをやっている
ではないかと思います。

スタッフからすれば、どの子供たちの欲求にも応えてあげたいし
①~③についてはどれも間違っていません。

スタッフはサッカーを教えているわけですから
①の考え方に選手自身が向かっていくように促していこうとしています。

②、③の考え方も大切だと思っています。

スタッフ間でも同じように思っていますが、それらの実現への手法であったり、考え方は違います。

スタッフもバックグラウンドが違います。
現役時代のポジションや受けてきた指導であったり、コーチの勉強の強さ、弱さも違います

子供ウケするコーチもいれば、子供から恐れられるコーチもいます。
見た目や性格などタイプは違うわけですね

昨年あたりから昔やってたスタッフ会議を復活させ定期的に開くようになりました

どうしても年齢のいった僕のようなスタッフが会議でほぼずっと話していると
若いコーチは「逆風にさらされている」ようで黙ってしまうような気がします。

若いコーチをもっと盛り立てて支えて行きたいと思っています。
これからのチームを支えるのは若手ですからね。






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# by yusuhara | 2016-09-16 11:41 | サッカー(少年団) | Comments(0)
指導のあり方
指導のあり方についての問題

まあ、でも今回は大問題ってわけじゃなくて
指導の指針もありながら、現状を見つめなおし、どうしていこうかという問題

例えば

サッカーはゲームですから「勝ちにこだわる」というところ
子供たちの勇気を奮い立たせることは大切であるし
サッカーはゲームですから、「勝ちたい」という思いが双方なければ
そもそもゲームが成立しません。

「勝利」よりも「技術」という議論もあるが
「勝てない技術」があってはイカンわけだなあと思いつつ

それでも「だから勝て」と言いにくかったりする・・・・・・

A1はトップチームだから、そういう部分で厳しくあるのは当然だと思うし
そう思わない選手はA1に行かなくてもいいと思うし
「サッカーやスポーツを楽しむ」というところは昔から尊重していますし
これからも変わりません

個人的に久保TD(TD=テクニカル・ディレクター)にはそういった面の「これまでの振り返り」をお願いしているところ。

創設期の小俣の子達は「小俣町」という単一の町の子で
街の子にはなみなみならぬ敵愾心を持っていたような気がする(大げさか)
だから練習試合とかになると 技術はないが闘志でサッカーをするといった感じだった。

でも最近の子供達は 平和で温和なので そんなことはない

「小俣らしさ」と僕らはよく使うけど、相当違ってきたのかもしれない

と久々にグダグダ書いてみた

保護者の方はどう思っているのかな?
お子さんの立ち位置にもよるんだろうけど

まあ子供たちにだけ進化を求めるわけにはイカンとスタッフも進化をし続けたいと考えております。

オッサンも最近モヤモヤ状態が続いております。
もちろん勝敗には関係のないことです。

しばらくまた駄文を書くと思いますのでご意見があればお願いします。





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# by yusuhara | 2016-09-13 12:57 | サッカー(少年団) | Comments(0)
2016シーズンに向けて
さて、久々の更新であります。

1995年に当団前身の小俣ジュニアのコーチを仰せつかり
(コーチなんてもんじゃなかったですけど)

2001年に津へ転居したあたりから活動を控えだし
2009年くらいからぼちぼち復帰してました

よく考えると22年いたというのも 眉唾くさい・・・・(^_^;)

大北会長→村澤顧問→○○さん→イッチィ

と歴代部長のもとで頑張ってきた(つもり)の私
次年度からは副部長から指導員と責任を少し軽くしてもらうことになります。

とは言っても
いきなり全て移譲するつもりはありません
一気に仕事を押し付けられた方は困るだけです。
引き継ぎについては
この少年団が誰でもやっていけるような、そんな前例を作るべくでやっていきます。

スタッフという存在は
保護者を含む地域の大人が子供達を育てていく中で
その団体の運営の役割を責任を持ってやっていく人だと思っています。

特別な存在というわけでは無いと僕は個人的に思います。
もしご興味があれば、スタッフの中に飛び込んできて欲しいと思ってます。

我が団がこれまでの様々な経験(諍いも有りました)の中で生まれた理念
これを大切にしてくれる方であるなら、誰がやっていってもいいと思います。

■ 小俣町スポーツ少年団サッカー部理念
「サッカーを楽しみ、社会の中で感謝し、自ら考えて行動できる選手の育成」

■ 小俣町スポーツ少年団サッカー部指導指針
「サッカーを楽しませ、大好きにさせる!!」
1. フェアプレー(暴力、暴言の徹底排除)
2. リスペクト(地域やサッカーに関わる全てに感謝し、大切にすることを行動に移し、伝える)
3. 指導力(日々、指導力の向上に努力する)

さて私事
昨年は体調を崩し、赤ちゃん以来の入院も経験しました。
オッさんの若作りにも限界がございます(笑)
チームを引っ張る中心からは一歩下がり、その後もどんどん下がっていこうと思っています。

現在45歳、遅くとも50歳までには幸せな引退したいと思っています。

やっぱり若いコーチがいるチームのほうが生き生きしてますもんね(爆)
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# by yusuhara | 2016-03-29 17:04 | サッカー(少年団) | Comments(0)
20代前半の振り返り その3
明野小学校にて無駄に熱いミニサッカーに興じる週末

伊勢FCにいる知り合いから
試合が中止になったので一緒に練習をさせて欲しいと連絡があった

当時県リーグ2部に所属していた伊勢FCがくるとのことで
異様に気分が高まった

小学生用のコートでのゲーム
向こうは調整、こちらは無駄にガチになっているという
若者が陥りやすい状況

結果はなんとか引き分けたような、勝ったような気もする

「こんだけやれるならチームとして協会に登録すれば?」

と今にして思えば、凄い社交辞令を真に受けてしまう若者たち(俺だ)

そのタイミングで伊勢に社会人リーグができるという噂を聞き、
その担当をしている中村元昭氏(当時伊勢志摩キッカーズ代表)から

あの何かを企むような笑顔で
「おい、伊勢リーグにおいないさ」という声も掛けてもらい

他のチームメートやスーパーバイザー村澤氏の意見も聞こえないくらい

アツクなってしまい、ついに伊勢リーグに強引に加盟することになる

これが、短期的発展とチーム解消というつまづきに向かってしまうスタートとなる
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# by yusuhara | 2016-02-17 12:56 | 思いつくまま | Comments(0)
20代前半の振り返り その2
小俣町営大仏山スポーツセンターができる前から
小俣フットボールクラブはチームとして活動をしていた

Jリーグができるんじゃないかといった1991年
自分が当時所属していた津蹴球クラブの雰囲気が
一部の傲慢な選手のせいであまり楽しいものではなくなったこともあり
チームを退部したことがスタート

高校時代から伊勢志摩キッカーズ(ISK)にはお世話になっていたが
出身母体の高校からの選手が増え、とても入り込む隙間は無かった。

そこで自分たちで、自分たちが楽しめるチームを作るべく
中世古昌彦氏、坂本武司氏(クリーニング屋の若大将 人についてはこの人からの紹介がその後大きく影響する下村昭氏を中心にメンバー集めに奔走する

陸上選手の羽根正樹、久保元気の先輩である湯川健太、平山良、楠氏、大先輩の梅木氏等々の面々を集めそしてムッシュ村澤をアドバイザーにチームはスタートする

陸上選手、スキー選手、バレー選手、登山など様々な競技を経験した選手で発足した

小俣町内学校開放施設団体に初のサッカー競技のチーム登録を行い
そして明野小学校を借りてのチームがスタートする

ちなみに久保元気とは彼が小学校2年くらいからの付き合いなのである
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# by yusuhara | 2016-02-17 12:28 | 思いつくまま | Comments(0)
20代前半の振り返り その1
自分の立ち位置を振り返ってみた

サッカーの縁すら無い地域に
大きなグラウンドができる

「よっしゃサッカーゴールを買うてもらおう」



いきなり当時小俣町の教育委員会に行ってみた

倉野さんが見えて、真摯に話を聞いてくださった

「ゴール買うよ、これやろ?」とカタログを見せてくださった。

「いやこれは少年用のゴールです」

「えっ、もっと大きなゴールがあるの?一度カタログあったら見せてぇな」

当然次の機会にカタログを持って行った

アルミ製の大人用ゴール

高いから買わないだろうな

と思ったら、買ってくださった

倉野さん 今考えるとすごい人やった、俺みたいな馬の骨の話を真剣に聞いてくださった

そこから、小俣社会人チームの活動が本格的になった

結局浮気症の僕のせいで、チームはJはおろか、県リーグに行くこともなかった
(自分は個人で伊勢FCで県リーグに復帰したわけだが)

思い出すと、恥ずかしい、愚かな足跡しか残してない

当時の自分は「反省」という言葉を知らなかったようだ
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# by yusuhara | 2016-02-16 12:48 | 思いつくまま | Comments(0)